しゅりんぷ池田のカード春秋

印象に残るトレード:阪本敏三(阪急)←→大橋穣(東映)

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以前にも記憶に残るトレードとして76年のシーズンオフの阪急←→中日間の それ(1)を取り上げたことがありましたが、 http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/38

1)阪急=戸田善紀・大石弥太郎・森本潔・小松健二 中日=稲葉光雄・島谷金二・大隅正人

阪急がらみでもうひとつ印象に残っているトレードが 71年のオフにあった東映とのそれです。メンバーは

阪急=阪本敏三、岡村浩二、佐々木誠吾 東映=大橋穣、種茂雅之

このトレードがすごいのは、どちらもチームのレギュラー遊撃手と捕手を 同一リーグ同士のチームで交換したことです。

しかも、阪急はこの年優勝しており、阪本はその主軸メンバーの一人で 同年まで4年連続でベストナインに選ばれているリーグを代表する遊撃手だったのです。

この年の日本シリーズで阪急は巨人の前に再び敗れ去ったのですが、 第3戦で山田久志が王貞治から劇的なサヨナラ3ランを喫したシーンは 日本シリーズの名場面として現在も語り継がれています。 そして、この王の打席の直前に長嶋がショート・阪本のグラブをかすめる センター前ヒットを放っていたのですが、阪急の西本幸雄監督は このプレーで「阪本の守備範囲の広さに難あり」と断じて かねてより、その守備力を買っていた東映の大橋譲とのトレードを進めたそうなのです。

大橋は亜細亜大時代に東都大学リーグの新記録となる20本塁打を放ち、 史上空前の豊作年と言われた68年秋のドラフト(2)でイの一番で指名されたほどの 選手だったのですが、プロ入り後は貧打に悩まされます。

(2)1番目 東映=大橋、2番目 広島=山本浩司、3番目 阪神=田淵幸一、 4番目 南海=富田勝、6番目 東京=有藤道世、9番目 大洋=野村収、 10番目 中日=星野仙一、11番目 阪急=山田、12番目 西鉄=東尾修

入団1年目からレギュラーポジションこそ掴んだものの 打率は1年目から.217、.183、.213、ホームランは8、7、7と低空飛行。 東都のホームラン王がなんでここまで打てなかったのか、 それはそれで不思議ですが、それはまた別の機会に。

このトレード、当初は東映側に有利と思われていたようで、 当時の週刊ベースボールを調べてみたところ、当の大橋本人が 「僕と阪本さんを比べたら、阪本さんの方が上」というコメントを寄せていたほどです。

ところが、結果的にはショートに大橋を得た阪急が75年から四連覇を果たし 軍配は阪急に上がった形なのですが、 東映に移った阪本の成績が奮わなかったわけではありません。 72年から4年間の阪本の成績は下記の通り。

72年 東映 138安打 16本塁打 62打点 打率.278(16位) 73年 日拓 128安打 10本塁打 41打点 打率.268(17位) 74年 日本ハム 110安打 10本塁打 47打点 打率.280(8位) 75年 日本ハム 92安打 6本塁打 27打点 打率.261(23位)

とまあ、かなり立派な成績だったのですが、球団が身売りを繰り返していた時期で 落ち着かず、75年オフに再び近鉄にトレード。メンバーは

日本ハム=阪本敏三、八重沢憲一(三沢高準優勝時のメンバー) 近鉄=永淵洋三、服部敏和、市橋秀彦

当時、下り坂にあったとはいえ69年の首位打者・永淵、 71年のドラフト1位・市橋との交換ですから、相応に評価されてのトレードだったと 思うのですが、移籍先の近鉄の監督はなんと西本幸雄!

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しゅりんぷ池田
1965年7月3日生。香川県出身。カルビー、エポック社にてカードの制作に当たる。現在はBBMカードの編集にたずさわる一方で、「週刊ベースボール」「スポーツカード・マガジン」などにも寄稿している。プロフィール詳細は下記参照
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